misotum
ニコニコ発祥のコンテンツで人気が出たものってさあ、
著作権者の意思とは無関係に勝手に「みんなのもの」にされてね?
上の事件もこの「みんなのもの」意識が余計に大火事にしてる気がしてならないんだが。
ほとんどの作り手は別に「みんなのもの」として提供するためにニコ動に上げているわけじゃないだろ。
自分なりに良いと思えるものを作ってみた、褒めてもらえたら嬉しいし、自分のスキル向上のためにアドバイスがもらえたりするのもいい。そんな感じ、最初は(まともな投稿者であれば。工作狙うやつ除く)誰だって軽い気持ちで上げているはず。
だから、少しくらいの二次創作なら「評価してもらえた」証として嬉しく思うかもしれない。でも、そこから先は話が違ってくる。
VOC@LOID NIGHTでみくみくにしてあげる♪を流せない・・・
>VOC@LOID NIGHTでみくみくにしてあげる♪を流せない・・・
ではなくて、その他の曲についても、著作権者の了承と代価を払うべきでは?
それが著作権を守ることになるのではないのですか?
JASRAC登録に登録してない曲だから、勝手に使ってもいいではありませんよ。
(http://remoto.818nc.jp/archives/blog/200712281249.php
の※欄より)
下※が正論。拡散が過ぎると著作権意識の低下がはじまる。「ぜひCCに」という意見もあるけど、それは消費者側のわがままであって、著作権者の義務ではない。
ニコ動を著作権無視の無法地帯にすべきでないのは、プロだろうがアマだろうが違わないと思うんだけどね。「アマ作品であれば二次利用は常に許容されるものであるべき」なんてルールはない。二次利用がニコ動の推進力になっていることは否定しないが、著作権者がニコ動に協力する義務もない。ニコ動としては視聴者や自分たちだけでなく、著作権者にもニコニコしてもらえるようにしなければならない。
それから、「ニコ動の報酬は敬意」っていう話が以前あって、自分もそれには賛成したけれど。
お金を稼ぎすぎると、それに群がるやつが増えてお金が嫌いになる、なんて話も聞くように、
敬意も稼ぎすぎると、ね。おそらく価値が下がってしまうんだろう。
たとえば「メルト」の人って、最初動画を上げた頃にもらっていた称賛の声と、祭りがはじまった後の称賛の声、
どちらが嬉しかったんだろう? 量的には祭りのときのほうが圧倒的だけどさ。
敬意を十分稼いだ後、報酬を金銭に求めても怒るようなことじゃないと思うんだけどなあ。
-「みんなもの」ではない ーニコニコの著作権話ー - Ulmhaft
2007-12-19 (via yuria)
「俺たちが盛り上げたから人気が出た」→「だからこれは皆のもの」→「だから作者のお前がこれで金儲けをするのは許せない」という論理の飛躍
(via pedalfar) (via kondot) (via coshina) (via wideangle) (via katoyuu)
(via igi) (via tsuda)小町的には
1:トラブルメーカーに悩まされるトピ主登場
2:コマッチャーによるアドバイスw、叱咤、自分語り
3:デモデモダッテなトピ主によるさらなる被害報告
4:ヒートアップするコマッチャー
5:トピ主「目が覚めました!万全の反撃をします!皆さんのおかげです!」
6:まだまだ続くアドバイスw
7:トピ主の撃退報告&「もし小町に相談しなかったら・・・」の感謝の言葉
(ついでに結婚報告や妊娠報告がある場合も)
8:コマッチャーによる上から目線の祝福、今後の生活へのアドバイスw
これが理想だと思うの。
- 既婚女性 / 【既女が】発言小町【語る】2009/10/22〜-
@negimiso Premier1.0はほぼ1人のプログラマが作ったという話を聞いたことあります。たしかPageMakerも1.0は1人だったような。老舗のソフトはそういうの多そう。
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@lunaticjoker Premierの開発者がマクロメディアへ移って開発したのがFinalCutみたいですよ。PCにおける映像編集ソフトの作法は結局その人が決めたんだなーと尊敬しながらもガッカリ感が… -
Twitter / arihara: FinalCutの作者がPremierの作者と同じと … (via shikakun)
Tim MyersとRandy Ubillos。コードネーム”KeyGrip”としてAdobeからMacromediaに移籍して開発され続けてたよなぁ。InterBEEで1996年ぐらいに展示されてたけど、Appleが1998年に買い取ってFinalCutという名前に成ってなんとか製品化された。あと「PCによる作法」については同意だけど、Discreet Logicだとか業務用ソフトの作法はけっこう違うところもあるから、たった一人(二人)が「映像編集ツールの作法」決めたとは言い切れないと思う。

